蓼科生活 vol.18 遊ぶことは、生きること。
蓼科生活一覧 

ここで暮らしていると元気になるという井村さん。澄みわたる空気に包まれ、まさにストレスフリー

テレワークや定年後のセカンドライフなど、別荘地への定住志向が以前にも増して高まっている。
2004年から『チェルトの森』に定住している井村さんに、等身大の蓼科生活についてお話しを伺った。

木工職人に転身

 仕事の第一線を離れたら、「自分がやりたかったことをやって暮らしたい」と夢を描いている人が多い。井村淳一さんは、約20年前、定年退職を機に子供の頃から好きだった木工に本格的に取り組むため、飛驒高山にある全寮制の木工専門学校で家具づくりを学んだ。
 卒業後、『チェルトの森』に木工工房を併せ持つ山荘を建て、奥様の悦子さんと共に横須賀市浦賀から移り住んだ。旋盤や電動工具を何台も置く工房を建てるには広々とした土地が必要なため、敷地面積400坪以上の区画が多く、深い森に包まれた『チェルトの森』は、製作環境の条件に合致していた。

吹抜のリビング、開口部が大きく明るいダイニング、仕切りのないロフト…。開放感に満ちたのびやかな空間が広がる

 当時、心臓に不安を抱えていた淳一さんにとって、蓼科の自然環境は申し分なく、諏訪中央病院などの医療施設が周辺にある安心感も移住を後押ししたという。
 当初は森の中でのんびり家具を作りながら暮らそうと思っていたのだが、身内や友人からバックオーダーを抱えるほど注文が殺到。
 「使い勝手、強度、デザイン、全てにおいて満足していただける物を作りたいと細部の細部まで丁寧に仕上げていたので、完成までかなり日数を費やしてしまい、バックオーダーを解消するまで10年かかりました」と淳一さん。現在は主に家具の修復やメンテナンスを行っている。

淳一さんが手掛けた木製のアイランドキッチン。
バックオーダーを全て納品してから製作したので、完成するまで10年かかったという

子どもが小さい頃に大事にしていたミニカーを飾ったコレクションボックス。家具だけでなくインテリアグッズも手掛けている

200Vの本格的な機械を導入した木工工房。音が外に漏れないよう鉄筋コンクリートで組み、壁、天井に吸音材を張り詰めている

森を知り、森を守る

 移住して三年ほど経った時、家具づくりの傍ら「森で暮らしているのだから、森のことをもっと詳しく知りたい」との思いが高まり、まず悦子さんがNPO法人[八ヶ岳森林文化の会・森林観察学習部会]に入会。年に一度開催される山岳ガイド引率の八ヶ岳観察会に、淳一さんを誘って参加した。

[八ヶ岳森林文化の会]の活動の一環として、森林の役割と森林整備の大切さについてお話しする淳一さん

 蓼科で暮らしはじめてから淳一さんの体調は良いものの2,500mを越える山に登るとなると一抹の不安はあったが、「登れる所まで行ってみよう」と出発したという。すると心配をよそに「山登りっていいものだなぁ」と登山の魅力に開眼。ひたすら頂上を目指すのではなく、山岳ガイドから高山植物をはじめ、野鳥や昆虫、地層について教わりながら歩いたことで、登山の楽しみが増したとのこと。
 その後、昔の同僚や友人たちと月に1回登山を楽しむグループを作り、八ヶ岳だけでなく、北アルプスや県内外の名だたる山々に登っている。

白駒の池を望む高見石など八ヶ岳には絶景スポットが目白押し。日帰りトレッキングも楽しめる

 また[八ヶ岳森林文化の会]は、植物に興味のある人、昆虫に詳しい人、鳥や動物が好きな人等、色々な分野の情報を持っている人がいて、互いに教え合うことで知識を深めているとのこと。「この花は何だろう」「見たことがない虫がいる」「あの鳥の鳴き声は?」と話しながら散策する観察会はとても楽しく、仲間の輪が広がったという。
 森のことを知れば知るほど健全な森林育成の重要性を感じ、[八ヶ岳森林文化の会・森林整備事業部]のメンバーにもなり、茅野市[市民の森]の森林整備に参加。[森林インストラクター]の資格を夫婦共に取得し、今では教わる側から教える立場になり、[市民の森]の案内や野外活動の指導を行っている。

悦子さんは[茅野市市民の森]での観察記録をまとめたガイドブックの編纂に参加。ポケットにしのばせ、知らない花や虫をその場で調べられる

渡り蝶のアサギマダラ。様々な虫が飛び交う夏の森は、
生命力に満ち溢れている

生涯スポーツとの出会い

 地域に根ざした交流は [八ヶ岳森林文化の会]に留まらず、『チェルトの森』を拠点とするテニスクラブにも参加している。蓼科へ来てまだ間もない頃、健康づくりを兼ねて別荘地内のテニスガーデンでプレーしていたところ、「一緒にやらない?」とクラブのメンバーに声をかけられたのがきっかけだという。
 別荘オーナー中心のこのクラブは、シニアだというのに皆フットワークが軽く、70代でオーバーハンドサーブを決めるメンバーもいるほど元気。テニスの健康効果を目の当たりにし、さっそく夫婦そろって仲間入りした。

足腰にやさしい人工芝コート(オムニコート)を採用しているテニスガーデン。昨年、大規模なメンテナンスが行われ
コンディションが整えられた。水はけがよく雨が降ってもすぐに乾くので、小雨程度ならプレーができるという

 毎週木曜日にプレーすることから“木曜会”と称していたが、「週に2回やった方が上達するし身体にいいはず」と月曜日も活動することに。さらに別荘地内のテニスガーデンがクローズする冬期間には、公営の室内コートを借りてプレーするという徹底ぶりだ。
 身体を動かす生活サイクルを15年以上続け、現在もいたって健康。80歳過ぎのメンバーも快調にラリーを楽しんでいる。

力強くオーバーハンドサーブを放つ悦子さん。
正確なコントロールで際どいラインを狙う

軽やかなフットワークでプレーを楽しむ淳一さん。
午前中3時間ほどコートを駆けめぐる

週に2回、蓼科の清涼な空気のなかでテニスを楽しむ木曜会の皆さん。爽やかな笑顔がテニスの健康効果を物語っている

 夢を叶えた木工工房、森と人をつなぐ保全活動、生活の一部となったテニス。井村さんは、蓼科で暮らしているからこそ得られたつながりや、人生の深まりを体現していた。